自分次第

素敵な体験をして、改めて思ったことがあったので書き留めます。

六本木Satin Dollでプライベートパーティーでのバンド出演の日でした。皆さんアマチュアからセミプロまで思い思いに歌を音楽をジャズを楽しんでいて、伴奏者ではありましたが楽しく演奏させてもらっちゃいました。外人の方がYou Raise Me Up とTime To Say Goodbye とBesame Muchoを歌っていたのですが、You Raise Me UpとTime To Say Goodbyeはピアノのみの伴奏でした。いつも家でIL DIVOというグループがかかっているのでYou Raise Me Upという曲は散々聴いていたのですが、今日聴いたYou Raise Me Upは違いました。英詞なんとなくしかわからないけど、でもなんだか見えない何かにゆさぶられて感動を超えてしんどかったです。泣きそうになるのを堪えながら伴奏しました。どうしてなんでしょう、家で流れているのを聴いてもなんてことなかったのに。試しに帰ってからyoutubeで検索して聴いてみたのですが、今日の演奏の時ほどの感動はなかったです。

多分感動の扉っていうのは自分で開けるものなのかなって思いました。感性のアンテナの感度が高いときに、いいものに出会うと感動の扉が開くみたいな。でも”かったり〜な〜”とか”○○むかつくなー”とかマイナスのことばかり考えてると、感動体験からはやっぱり遠ざかります。素敵な文章を読んだり、いい音楽を聴いたり、尊敬する人と話をしたりすると感性のアンテナはぐんぐんのびて、きっと自然に素敵なことが起きるスポットに勝手に連れて行ってくれるんだと思います。 普段いつも何気なく言われている言葉でも、ある時とてつもないパワーを与えてくれることがあります。ライブのお知らせをしているときに”いつも音楽頑張ってるね。また行けるときに行くね。”って言われて、ある時にいつも以上にジーンときたのです。なんだか本当に背中を押されているみたいな、なんて嬉しいんだろう、と。きっと落ち込んだりしていると余計にジーンとくることもあるんでしょうけど、これも感性のアンテナの法則だと思うんですよ。(今しがた名前を付けた) 自分のパワーを上向きにしたいって気持ちがあれば、何気ない一言一言をもっと自分のパワーとして取り込めるんでしょうね。 感動体験っていうのは実はわりと身近に、わりとタンポポのように咲いていて、それをちゃんと摘み取るのも見逃すのも自分次第なのかなと思いました。

それにしてもあんなに間近で魂のこもったYou Raise Me Upを聴く事はこの先もうなさそうです。なにか私の中にある邪念が溶けて流れていく感覚を覚えました。芸術は難しくなく、とてもシンプルなんだということもわかりました。

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